再開(6)

古田を時空の流れから何とか助け出したいとと願う水口は必死に和尚に懇願した。

「和尚、どうしたらえんやろ。和尚!」

水口の叫びは目の前でもくもくとタバコを吸い続ける古田の様子を網膜に映し出しながらひたすら和尚に懇願した。

「和尚!!」

知らぬ間に水口の瞼から涙があふれ出ていた。

「何とか私に力を与えてください。和尚!」

その瞬間、水口の網膜に映っていた古田が消え、和尚が現れた。

「和尚!」

思わず水口は和尚に縋りついた。

「和尚、この状況を改善する方法はないのでしょうか?古田がタバコを吸い続けるのをじっと見届けるしかないのでしょうか?和尚」

「今のお主の霊力では過去の状況を見届けることしかできぬ」

和尚は徐に水口に語りかけた。

「何とか現状を打開できる方法はないのでしょうか?」

縋りつく水口に和尚は語り掛けた。

「一つだけ方法がある。ただし、これから教える作法を続けなければその霊力はお主の身にはつかぬ」

「作法?」

水口は小さな声で問い返した。

「どのようなことをすればよいのでしょうか?」

「よし、時空を超えて、このワシと再び座禅を組んでみるか。時空を超えた者どおしが座禅を組むと二人の間には大きな引力が生じ、肉体に負担をかけるが、その覚悟はできておるか?」

和尚は試み顔で水口を見下ろした。水口は和尚を見上げながら、

「覚悟はできております」

真一文字に口を結び、水口がすかさず答えた。

「ならば、始めるか」

和尚は本尊に向かって、読経を始めた。水口は郷愁の念を抱きながら、和尚の読経に声を重ねて経を唱え始めた。二人の経を唱える声が木霊し、互いを引合い始めた刹那、閃光まぶしい光の束がお互いの間に太く現れたと思いきや、水口は体を吸い込まれるような強烈な引力を全身に感じた。水口は自分の姿勢を保つために腰、背中、項部にありったけの力を集中するとともに、水口の大腿四頭筋は反射的に強く収縮し両膝で前のめりになりそうな体を頑なに支えていた。必死に体を支えていた水口の脳裏に和尚が現れた。

「力を抜け」

「しかし、和尚!」

ややもすれば吸い込まれてしまいそうな引力に抗いながら水口は和尚に縋った。

「すべてのことを忘れ、自然体になればよい。すべては流れのままに」

「しかし、和尚!」

「つべこべゆうな!」

「和尚‼」

「か~つ」

和尚の気合とともに、水口は全身の力が抜けていくのを感じた。と、その瞬間、水口は自身の体が急に軽くなり、和尚と向かい合い立ち尽くしている自分に気が付いた。

「和尚、これはいったい」

「無の境地じゃ」

「・・・・・・」

「無の境地になれば、すべてのことから解放され、身が軽くなる」

「はぁ?」

水口は現状を受け入れがたく、浮ついた心持で返事した。

「お主が求めている過去に生きる人々と交わるには、サンスクリットの教えに従う事じゃ。〈オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン〉これを無になりひたすら唱えることじゃ。お主の心が本当に無に帰すれば、お主の求めている過去の時空にいる者たちと交わることができるようになるじゃろう。ただし、過去の時空で交わったものと会話をし、触れ合うことも可能になるが、過去の時空に生きる者にはお主と交わった記憶を残すことはできぬ。お主の住む時空で過去に交わった者と相対峙しても、お主の記憶はなく、『どこかで逢ったような気がする』というデジャブとして認識されるのみじゃ。そのことを弁えて、過去の者と接することじゃ」

「和尚」

水口は不思議なことに、いつまでたっても記憶から消えない呪文を唱えていた。

水口は〈健康道場〉跡を見下ろす庄屋跡のいつもの岩の上で座禅を組んでいる自分に気が付いた。今はなき〈健康道場〉を思い起こしながら水口は呟いていた。

「和尚」

静寂を取り戻した〈健康道場〉跡には足元を流れる川から木霊する涼やかな川のせせらぎが木霊していた。

「和尚、教えに従い、やってみたいと思います。古田を救えるかどうか分かりませんが、自分にできることを精一杯やって、古田を救いたいと思います。がん死から」

水口は、既に目の前から去った和尚に誓っていた。

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