「和尚!」
思わず水口は〈健康道場〉の濡れ縁に立つ和尚に声をかけた。
「やっと来たか」
「はい、何とか」
「前回は十秒程度でもとに戻っていってしまったからな」
「えっ!」
水口は半年前に偶然にもワープできたことを和尚が知っていることに驚いた。
「もう少し、早くここに戻ってくるかと思ったが、割と時間がかかったようじゃな」
「和尚はすべてを見通されているのですか?」
「ははははは、過去に自在にワープできるワシが未来を見ることなど造作のないことよ」
「和尚と座禅を組んでいるときには、一言もそのような事は教えて下さらなかった」
「話したところで、その頃のお主には理解できまい」
水口は未来から来た自分と過去にいる和尚とが会話していることに違和感を抱いていた。
「ワシはお主が考えておることはつぶさに理解できる。ワシは過去にも未来にも自由に行き来できる霊力を身に着けておる。じゃから未来から来たお主とも、自在に会話できるのじゃ。お主の霊力では、まだまだそこまでには及ぶまい」
和尚は何か含みを残した笑みを浮かべた。
「ワシがお主に授けることのできる助言は『無に帰してひたすら修行を続ける』ことじゃ。世俗の欲を絶ち、煩悩を絶てば、自ずとお主もワシに近づくことができる。次に会える時を楽しみにしておるぞ」
水口は知らぬ間に座禅を組んだ元の場所に帰っていることに気づいた。
「今回のワープは数分程度だったか」
水口は独り言を口にした。しかし、前回とは異なり、冷静にワープできている状況を把握していた。
水口は、和尚の教えの『無に帰してひたすら修行を続ける』ことを心に置き、来る日も来る日も修行を続けた。修行を重ねることにより徐々にワープできる時間、場所が広がっていった。一年も経つ頃には数十年程度の近い過去には自由に行き来できるようになっていた。
野鳥のさえずりが心地よく耳に届くなか眼下に見下ろせていた〈健康道場〉は跡形もなくなり、その場所は真砂土による更地と化していた。バイパスは、未だに舗装されていないが、この区間の工事が一通り終わったために、作業員の姿は消えている。野生の動物たちの鳴き声だけが木霊していた。
「和尚、あなたの教えにより、あなたから授かった能力を少しずつ伸ばせるようになってきました。待っていてください。すぐに、あなたの元に参りますから」
水口は、今は無き〈健康道場〉跡に視線を送りながら、一人静かに和尚の残像に向かって語りかけていた。
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