再開(3)

数日が過ぎ、水口はかつて〈健康道場〉に通っていた頃のようにこの吉田家庄屋跡の庭先に来ていた。この日は、幸いに文化財保護のためのボランティアたちの活動もなく庄屋跡はひっそりと静まり返り、静かな一日を迎えていた。庄屋跡の門を潜り、逸る気持ちを抑えながら母屋を横目に通り抜けたあと庭園の飛び石を一歩一歩飛び越し一目散に健康道場を見下ろせる岩のある場所に向かった。眼下には、やはり〈健康道場〉に迫る重機たちが目に入ってきた。かつては野鳥や野生の猿たちの鳴き声が木霊していたこの地域では今や工事現場の金属音やエンジン音が鳴り響き、作業員たちの間で飛び交う会話などに置き換わっている。眼下から響く雑音を確認した水口は、

「よしっ」

縁起を担いで水口は前回ワープできたと思しき岩の上に座り座禅を組んだ。

水口の心の中では、今日、ワープをできれば過去にワープできる霊力が身についたことが確認できるとの期待がみなぎっていた。

「さあ、凶とでるか吉とでるか。後は仏のみが知るのみや!」

水口は傍から見ると仰々しいほどの一大決心をもとに、いつもの念仏を唱え始めた。

しかし、この日は一向にワープできる様子はなかった。期待して朝早くからやってきた水口であったが、肩透かしを食らった形になった。

正午も過ぎたころ、

「やっぱ、そうやろなー」

「そう簡単に霊力なんて身につくわけないわな」と水口の中に居座る疑心暗鬼が水口に言い聞かせていた。と、ともに、

「本日の読経はこれにて終了!」という言葉が集中力の切れた水口の口をついた。

庄屋跡の門を出たあと、駐車場に向かう途中、水口は先ほどまで座禅を組んでいた岩のあるあたりと塀越しに見える庄屋跡の母屋、未だに取り壊されないで残っている健康道場へと交互に視線を送りながら、

「絶対、この間はワープできてたと思うやけどな~」

と独り言を呟いていた。

偶然にもワープできたことを信ずる水口は、今となっては水口の聖地となった〈健康道場〉を見下ろせる岩の上で座禅を組むことを自身に課していた。週末になるたびに聖地に向かい読経を続けた。

半年も過ぎたころには新緑がまぶしく、時折吹く風が肌に心地よく感じる季節になっていた。眼下に見えていた〈健康道場〉は取り壊され、当たりは帯のごとく長く続く土面の平地と化していた。作業がなくなった〈健康道場〉跡や庄屋跡には静寂が訪れていた。水口はいつものように座禅を組み読経を行っていた。なかなかワープを実現できず、期待することも忘れ、ただ習慣として座禅を組むようになっていた。期待しないことから水口の体の力みはなくなり、無の境地で座禅を組むようになっていた。そよ風が水口の頬をすり抜け、庄屋跡を取り囲む山間から大瑠璃の鳴き声が木霊した瞬間、まさにその瞬間、水口はワープした自分に気付いた。

 

<Vol.4へ続く>

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