自問自答するなか、水口は吉田家庄屋跡の庭先にある岩の上で座禅を組んでいる自分に気づいた。
眼下には取り壊しが始まろうとしている〈健康道場〉の周りを重機が所狭しとばかりに押し寄せている。その側でヘルメットをかぶった作業員が行きかっている。今まさに起きた出来事に半信半疑でいる水口は、何かを確かめるように咄嗟に後ろを振り向いた。水口の顔は幽霊に遭遇したかのような緊張感から頬の筋肉が凝り固まっていた。水口が振り返った先には、先ほど渡ったばかりの飛び石があり、樹齢三百年の大木の間に背丈の低い低木が整然と並ぶ庭園があった。庭園には木漏れ陽がさし、もみじや楓が色濃く映し出されていた。敷地内の南面には陽の光を浴びている母屋の縁側があり、北面には蔵の前を歩く二人の観光客の姿があった。しかし、水口には二人の会話や母屋内で清掃作業をしているボランティアたちの笑い声などが届くことはなく、水口の頭の中では静寂の時間が、ゆっくりと確かに流れていた。周囲の状況がこの庄屋跡を訪ねた時と何も変わらないことを確認した水口は、
「やはり・・・」
混乱する思考を一つ一つ整理しながら、
「ワープしていたんや」
と、ゆっくりと噛みしめるように独り言を言っていた。
しばらくの間、魂を抜かれたかのように呆然としていたが、
「和尚」
と、再び独り言を呟いた。
水口はとんでもない能力が身についてしまったことへの大きな戸惑いに包まれていた。その一方で、また和尚に会えるという確かな喜びが芽生えていた。心地よい脱力感の中にいる水口とは対照的に初冬の陽が傾き、二人の観光客は門を潜り庄屋跡を後にしていた。清掃作業のボランティアたちも後片付けに追われ、言葉少なくなっていた。水口は周りで人気が去っていく気配を感じとり我に返った。少しずつ寒さが増すなか冷静に今日の出来事を振り返っていた。
「どれくらいの時間、ワープできてたんやろ?『むろん、〈健康道場〉をたたんだ後、四国の山奥に戻る覚悟に何の迷いもないぞ』と答えた和尚の姿は確実に認識できた。恐らく一〇秒程度だったか」
水口はしばらくの間、あれこれ心の中で記憶の糸を手繰り寄せながら、再び自問自答していた。
「和尚がこちらを向いていたところまでは間違いない。そのあとてんぱってしまったが、気が付けば工事現場を見下ろしていた。やはり、一〇秒程度か」
気が付けば、短くなった陽が陰り、肌寒い寒空が広がっていた。水口は、今日の不思議な体験を胸に吉田家庄屋跡を後にした。
コメント